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京都簡易裁判所 昭和44年(ハ)184号 判決

原告

山沢みね

代理人

井上治郎

被告

山沢久子

代理人

松田英雄

葛井久雄

林義久

主文

被告は、原告に対し被告を控訴人とし訴外山沢政信を被控訴人として名古屋高等裁判所に係属中の離婚事件(同裁判所昭和四四年(ネ)第三五七号)につき離婚の判決が確定するときは、別紙目録記載の建物の明渡をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを等分し、それぞれ原告および被告の負担とするる。

理由

一、請求の趣旨

被告は原告に対し別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を明け渡し、かつ、昭和四四年五月九日(訴状送達の翌日)より明渡済にいたるまで一ケ月金六、五〇〇円の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決および仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因

イ  本件建物は、原告の所有物件であるが、被告は、昭和三八年二月頃より本件建物に居住し、不法にこれを占有している。

ロ  仮に原被両告間に本件建物につき使用貸借関係があつたとしても、昭和四四年八月二日付の原告準備書面で、同契約を解除する。

よつて、原告は、所有権に基いて、本件建物の明渡および賃料相当の損害金の支払を求める。

三、認定した事実

イ  本件建物が原告の所有物件であり、被告が昭和三八年二月頃より本件建物に居住しこれを占有している事実は、当事者間に争いがない。

ロ  被告は、本件建物の使用関係が使用貸借に基く旨を主張する。

〈証拠〉によれば、山沢政信と被告は、昭和三一年一一月六日に事実上の婚姻をなし(その後、結婚届を済ませる。)夫の父山沢信太郎方の離れ六帖で同棲していたが、被告は、昭和三二年一〇月二八日に長男が出生した前後、その出産養生のために、実家の父河原崎豊治郎方に里帰りをし、同年一二月頃には一旦夫の許に帰ろうとしたものの、そのまま、父の実家に止まり、それ以来、昭和三八年二月頃、被告ら夫婦が本件建物に入居するまで、被告ら夫婦は、長らく別居の状態であつたところ、仲に立つ人があり、被告の夫の父山沢信太郎の亡妻の妹である原告が、被告ら夫婦親子三人水入らずの生活のため、本件建物を無償で提供した事実を認めることができる。原告本人の供述によれば、本件建物は、原告の夫の弟山沢弘が結婚した際、入居する予定であつた事実を認めることができるが、被告本人の供述によれば、この事実は、当時、被告の知らないことであり、山沢弘が結婚したときは、被告ら夫婦が本件建物から退去するという約束もなかつた事実を認めることができる。これらの認定事実からいつて、本件建物の使用関係は、期限の定のない使用貸借によるものと認める。

ハ  原告は、本件建物の使用関係が使用貸借とすれば、昭和四四年八月二日付の原告準備書面で、同契約を解除する旨を主張し、被告は、この解除をもつて、権利の濫用であり信義則に反する旨を主張する。

1  原告のこの準備書面は、昭和四六年六月一九日の第一八回口頭弁論(本判決に接着する口頭弁論)でその陳述があつたが、記録編綴の同準備書面には、当時の被告訴訟代理人弁護士猪野愈(同弁護士は昭和四六年二月五日に被告訴訟代理人を辞任した。)の副本領収の旨の押印があるから、同訴訟代理人において、使用貸借解除の意思表示を受領する権限を有していたかいなかは、同弁護士に対する被告の委任状の記載のみでは、判然としないものの、その後の弁論の経過より見て、被告においてその受領を追認したものと認められる。

2  ところで、〈証拠〉によれば、被告の夫山沢政信は、被告と本件建物で同居後、暫くして、昭和三八年一一月頃、単独で、その父山沢信太郎方に立ち戻り、さらに、その翌昭和三九年一月下旬には、名古屋に勤務先を見付け、単身同地方に居住し、被告方に帰らない事実および被告ら夫婦は、性格の相違を理由に、昭和四四年四月九日、名古屋地方裁判所一宮支部で、山沢政信を原告、被告を被告とする離婚請求事件につき離婚の判決の言渡を受け、被告の控訴により、現在名古屋高等裁判所において係属中である事実(この控訴事件が昭和四四年(ネ)第三五七号離婚事件として名古屋高等裁判所に係属中であることは、被告のその旨の主張に対し、原告の明らかに争わないところである。)を認めることができる。被告本人の供述によれば、昭和三二年一二月頃、被告が実家における出産養生を終えて新生児を伴い夫の許に帰ろうとした際、母屋に同居中の夫山沢政信の妹山沢綾子より罵倒せられたために、そのまま、実家の父の許に引き返えした事実を認めることができる。原告本人の供述によれば、原告は、被告の夫の弟に当る山沢弘が結婚する場合のために、本件建物を予定していたが、被告ら夫婦の希望もあり、転任間近かの第三者が入居中であつた本件建物の明渡を求めて被告ら夫婦をこれに入居させたところ、山沢弘が結婚しても、被告が本件建物から退去しないので、原告居住の家屋を新婚の山沢弘夫婦に提供し、原告自身は、その亡姉の夫であり被告の夫の父である山沢信太郎方の二階の一室に同居している事実を認めることができる。さらに、被告がその夫山沢政信との間で、離婚事件につき現在訴訟中であり、その夫から、その生活費および夫婦間の長男の養育費の仕送りが途だえがちであるために、夜おそくまで実家の家業を手伝い、長男を実家に預けながら、その生計を維持している事実は、被告本人の供述によつてこれを認めることができる。

四、請求の当否

これらの認定事実を総合して判断すれば、本件建物の使用貸借契約の背景から見て、被告ら夫婦の離婚訴訟の係属中に近親者の間柄でありながら、夫の叔母に当る原告が、係争中の妻である被告に対し、その居住する本件建物の明渡を求めることは、使用貸借の貸主は、何時でも、その目的物の返還を求めることができるとはいえ、些か酷に失するものと認めざるを得ない。換言すれば、原告が被告に対し現在無条件に本件建物の即時明渡を求めることは、現時点では、権利濫用の意味で時期尚早というべく、現在、名古屋高等裁判所において被告ら夫婦の間で係争中の離婚事件(同裁判所昭和四四年(ネ)第三五七号)につき離婚の判決が確定し、被告ら夫婦の夫婦関係が解消するときに、本件建物の返還請求を認めるのが相当である。この意味で、原告のいわゆる解除の意思表示は、被告ら夫婦関係の解消によつて確定的にその効力を生ずるものと解し、原告の本訴請求は、その範囲において、一部その理由があるものと認める。なお、原告は、賃料相当の損害金の支払をも訴求するのであるが、その主張する賃料相当額が一ケ月金六、五〇〇円である点については、立証がないのみならず、右の判断の意味で、本訴請求の一部を認容する以上、損害金の支払の請求を認める余地なく、さらに、原告の仮執行の申立を認容する必要は、全く存在しない。 (小野木常)

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